Aug 10, 2009
意外に簡単に始めることができるFX
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【シアトル(米ワシントン州)3日(日本時間4日)】松井は「3番・DH」で3打数1安打。連続安打を12試合に伸ばした。試合はマ軍が7−4で勝ち、2年ぶりにア軍をスイープ(3連勝)した。
今の松井は甘い球を逃さない。九回無死一塁。右腕ジェフ・グレイ投手(29)の、ほぼ真ん中にきた93マイル(約150キロ)の直球をとらえ、一、二塁間を破った。
「(連続安打は)個人的な話。出たのはよかったが、きょうは完敗でしたね」
12試合連続安打は、ヤンキース時代の09年4月18日−5月2日に記録して以来2年ぶり。だが、地区最下位のマ軍に3連敗し、0・5差に迫られたとあって松井は表情も声も暗かった。
DH対決でもイチローに完敗だった。1安打で打率・265と1厘上げたが、イチローは3安打で・268に上昇。一夜で逆転されてしまった。この日発表された7月の月間MVPでも、得票はあったものの落選した。
試合後は、次の遠征地フロリダ州セントピーターズバーグに向け、約5時間のフライトで移動。4日(同5日)は現地で休養日だが、今季のア軍はロードで18勝38敗の借金20。「全員でビーチですね」という松井の冗談も笑えなくなってきた。
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(セ・リーグ、巨人2−0阪神、15回戦、阪神8勝7敗、4日、東京ドーム)打撃不振に苦しむ小笠原が、復活ののろしをあげた。七回一死、右翼席に2号ソロをたたき込んだ。6月8日のソフトバンク戦(ヤフードーム)以来、実に140打席ぶりの一発。本拠地では今季初のアーチだった。お立ち台で大歓声を浴び、「監督の期待に応えたい一心でバットを振っている。青森の会社設立を応援 まだ終わりじゃない」と巻き返しを誓った。
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サッカーの元日本代表DFで、3部リーグに当たる日本フットボールリーグ(JFL)松本山雅(やまが)FCに所属する松田直樹選手が4日午後1時6分、長野県松本市の信州大病院で死去した。34歳だった。松田さんは2日、松本市での練習中に急性心筋梗塞(こうそく)で倒れて救急搬送され、人工心肺装置で血流を維持していたが、意識は戻らなかった。熱いハートで数々の栄冠を手にしてきた男は再びピッチに立つことなく、遠くへと旅立った。
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長く日本代表、Jリーグの横浜M(J1)の守備陣の一角を担い、体を張ってきた闘志の男も、突然の病魔をはね返すことはできなかった。午後1時6分、松田さんが母の正恵さん、兄の浩太郎さん、姉の真紀さんら家族に見守られながら、遠い世界へと旅立った。
松田さんは2日、松本市内で行われた松本山雅FCの練習に参加。ランニングを終えた直後の午前10時前に、「やばい、やばい」と言いながらピッチに倒れ込んだ。
心肺停止の状態で信州大学病院に運ばれ、急性心筋梗塞と診断された。微弱ながら心臓の鼓動が戻り、人工心肺装置で血流を維持してきたが、医師によるとこの日朝から徐々に脈拍が弱まり、倒れてから約51時間後、帰らぬ人となった。
96年アトランタ五輪ではブラジルを破った「マイアミの奇跡」のメンバーだった。02年日韓W杯では当時のトルシエ監督の代名詞「フラット3」(DF3人が横に整列する戦術)の右DFとして全4試合にフル出場し、日本初の16強進出を導いた。
95年から昨年まで16年間横浜Mに在籍し、03&04年のリーグ連覇など黄金時代を支えた。日本人離れした身体能力と闘志むき出しのプレーで、中心選手として君臨してきた。
どこまでも情に厚い熱血漢だった。2度も代表合宿から無断帰宅するなど、トルシエ監督やジーコ監督と対立したことも数知れない。怠慢なプレーをした選手には容赦ない言葉を浴びせた。一方で、旅行や食事に連れて行くなど面倒見の良さで若手から慕われた。07年には「会社が苦しいから」と、40%の年俸ダウン提示に一発サインした。
急病の知らせに日本代表の同僚だったGK楢崎正剛やDF田中マルクス闘莉王(ともに名古屋)らが見舞いに駆けつけ、この日もMF中村俊輔(横浜M)、FW三浦知良(横浜FC)らが病院を弔問した。
昨年11月に横浜Mが戦力外通告をしたときは、サポーターらがクラブハウスを取り囲み、撤回を求める署名は2万を超えた。同12月4日の横浜Mでの最終戦後、松田さんはあふれる涙を拭いながらサポーターに叫んだ。
「オレ、マジでサッカー好きなんすよ。マジで、もっとサッカーやりたいです」
今季から加入した松本山雅で、J2、そしてJ1昇格に向けて走り出したばかり。不器用ながらもサッカーを愛することでは誰にも負けない男が、夢半ばで病に倒れた。それでも、家族が松田さんの思いを代弁した。「大切な仲間とサッカーすることができました。交通事故 後遺障害本当に松田直樹は幸せでした」。
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